4.神経障害性疼痛
神経障害性疼痛は、国際的に統一された見解がなく、未だ議論中の概念ですが、侵害受容器を介さないで発生する痛みと考えられています。外傷や組織の壊死を起こすような疾患に伴い、神経組織が損傷することによって、侵害受容器以外の部位で電気的興奮が起こることによって発生する痛みで、異所性興奮による痛みとも言います。この痛みの発生機序に関しては、いくつか仮説がありますが、臨床的に確認する手段がないため、明確な診断基準は存在しません。また、損傷した神経組織は回復できないため、根本治療はありません。対症療法として向精神薬が用いられますが、耐性が生じるため長期投与では効果が減弱~消滅しし、そもそも耐性や依存性が生じるため長期投与ができない薬です。薬物以外には、脊髄電気刺激療法という治療法がありますが、エビデンスはなく、国際疼痛学会も推奨していません。
神経障害性疼痛がどのようなメカニズムで発症するのかについては、次のような仮説がります。
① 神経原生炎症によって神経障害性疼痛が発生するという仮説
神経原生炎症は軸索反射で起こる神経性炎症と同じ概念です。侵害刺激によって侵害受容器から分泌される神経ペプチドであるCGRP(カルシトニン遺伝子関連ペプチド))やサブスタンスP等によって引き起こされる急性炎症としての組織の修復反応であり、生じる痛みは神経障害性疼痛ではなく侵害受容器を介して起こる侵害受容性疼痛です。
② エファプス伝達によって神経障害性疼痛が発生するという仮説
痛みの電気信号を伝える神経線維に、他の神経からの興奮が漏電すること(エファプス伝達)によって神経障害性疼痛が発生するという仮説ですが、臨床的に確認することができません。そもそも、神経線維は髄鞘の細胞膜(リン脂質)で覆われ、絶縁されています。
③ 中枢神経の感作によって神経障害性疼痛が発生するという仮説
急性炎症のような痛みの原因となる病変が治癒したにもかかわらず痛みを訴える場合に、中枢神経の感作が原因とされることがあり、抗うつ薬などの向精神薬が治療に使われますが、そもそも中枢神経の感作の原因は末梢の侵害受容器の感作によって発生する痛みです。急性炎症が終息した後も続く痛みの原因は侵害受容器の感作によって発生する痛みですが、侵害受容器の感作の原因である筋膜の虚血性病変はCT検査やMRI検査などで異常所見として現れないので、原因がないと判断されているに過ぎません。
私は、中枢神経の感作を改善させるためには、末梢の侵害受容器の感作を改善させる治療が必要であると考えています。
④ 求心路遮断痛のメカニズムによって神経障害性疼痛が発生するという仮説
侵害受容器が欠損するような外傷や炎症に伴って、ニューロンが異所性興奮を起こすことによって発生する痛みは求心路遮断痛として知られている神経障害性疼痛ですが、その証明は困難で、診断方法も確立されていません。求心路遮断痛と言われている帯状疱疹後神経痛は筋膜性疼痛であり、その治療で改善するものが多くあります。幻肢痛やCRPS(複合性局所疼痛症候群)も求心路遮断痛と考えられていますが、筋膜性疼痛の治療で改善するものがあります。
⑤ 神経線維の圧迫、絞扼によって神経障害性疼痛が発生するという仮説
圧迫、絞扼による刺激が神経線維に加わることによって神経障害性疼痛が発生するという仮説ですが、侵害刺激が電気信号に変換されるのは神経線維の末端の侵害受容器だけであり、神経線維に圧迫、絞扼による刺激が加わっても電気信号に変換されないので、痛みは生じません。そもそも、圧迫、絞扼といった刺激は、侵害受容器が感作されていなければ侵害刺激にはなりません。このような神経線維の圧迫、絞扼によって神経障害性疼痛が発生するという仮説を否定する疫学的根拠が近年複数のグループによって示されました。すなわち、神経線維の圧迫、絞扼によって腰下肢痛が起こると言われてきた椎間板ヘルニアや脊柱管狭窄症に関して、腰下肢痛のあるグループとないグループともに、MRI検査で約80%に神経の圧迫、絞扼が見つかったという事実が報告されています。
このように、神経障害性疼痛の発生するメカニズムは、あくまでも仮説であり、臨床的な診断方法や有効な治療法は存在しません。したがって、医者が神経障害性疼痛の診断を下すときは、発症の経緯や症状だけがその根拠となっており、その根拠は非常に希薄です。
ちなみに、下記のような神経障害性疼痛のスクリーニングのための「神経障害性疼痛スクリーニング質問表」というものが提案されていますが、これらの症状は、侵害受容器が感作されて起こる筋膜性疼痛でもしばしばみられるため、これらの症状があるからといって神経障害性疼痛の診断を下すのは非常に危険です。
- 針で刺されるような痛みがある。
- 電気が走るような痛みがある。
- 焼けるようなひりひりする痛みがある。
- しびれの強い痛みがある。
- 衣服が擦れたり、冷風に当たったりするだけで痛みが走る。
- 痛みの部分の感覚が低下したり、過敏になっていたりする。
- 痛みの部分の皮膚がむくんだり、赤や赤紫に変色したりする。